性依存デイナイトケアは、反復的な性的逸脱行動がやめられない人を対象にしている日本で始めての専門外来治療(以下SAG:Sexual Addiction Group-meeting)です。
ここでいう性依存症は、国際疾病分類(ICD-10)でいうところの性嗜好障害、アメリカの精神医学界が出している精神障害の診断と統計の手引き第5版(DSM-5)ではパラフィリア障害群を内包しており、近年では専門治療を必要とすべき病気として捉えられています。

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1. 性依存とは

反復する性的逸脱行動の多くは、強迫的な性行動や衝動がコントロールできず再犯を繰り返すため、刑罰のみでなくそれへの治療的アプローチ抜きに彼らの再発防止や行動変容は考えられません。
しかし現在まで、それらの人々に対して出所後社会内処遇の枠組みで再犯防止や治療的試みをおこなっている医療機関やリハビリ施設は全国でも殆どありませんでした。
そこで、榎本クリニックでは反復する性的逸脱行動を嗜癖モデル(性依存症)で捉え、2006年5月に「性犯罪及び性依存症グループ(SAG)」がスタートしました。

性依存症(Sexual Addiction)は行為・プロセス依存を中心に関係依存にまでまたがっており,痴漢やわいせつ行為,のぞき,盗撮,露出,小児性暴力など条例や法に違反するものだけではありません。
強迫的な自慰行為,サイバーセックスへの耽溺,風俗店通いがとまらないなど法に触れない行為もあります。
①被害者が存在し犯罪化するタイプと,②被害者はいないが強迫的性行動がコントロールできず,社会生活が破綻するタイプと大きく分けて2つあります。②には女性当事者も含まれます。

以下に、性依存症概念の拡大について簡単に図で表しています。

性依存症の特徴

【図:性依存症概念の拡大(斉藤 2010)】

ここでは性依存症の特徴について紹介したいと思います。

1)性的嗜癖行動
繰り返す強迫的性行動は、反復的・強迫的・衝動的・貪欲的・自我親和的・行動のエスカレーションという要素を兼ね備えているため、嗜癖行動であるといえます。また、対象行為により何らかの社会的損失や身体的損失や経済的損失があるにも関わらずそれがやめられない状態であることから依存症であるといえます。
2)認知の歪み
多くの性依存症者には認知の歪みや、女性観の歪みがあります。実際に、被害者が怖くてフリーズしていたにも関わらず性的な行為を望んでいたと認識している加害者や、「女なら男性の性欲を受け入れて当然である」という、性的嗜癖行動を継続するための本人にとって都合のよい認知の歪みが存在します。
3)犯罪
現在ほとんどの性犯罪は親告罪なので、被害者が届け出なければ犯罪とはなりません。従って、性犯罪は非常に暗数の多い犯罪です。一人の性犯罪者の背景には数百人の被害女性(児童)が存在すると言われています。性犯罪は女性蔑視の人権侵害行為なのです。

以上の3点が性依存症の主な特徴です。では、実際に専門治療を受けにくるケースについて2例ほどご紹介します。

性依存症のケース

ケース1:40代・既婚男性Aさんの場合
『痴漢で5回逮捕され、昨年12月まで服役していました。電車に乗るまでは痴漢をしようと考えていなかったんです。でも満員電車に乗ると「スイッチ」が入ってしまってそれで再発(リラプス)してしまうんです。いつも同じ時刻、同じ電車、同じ車両に乗ります。そこには、いつも同じ女性がいます。彼女は、今まで嫌がらなかったしむしろ喜んでいたと思います。逮捕後、再び仕事をクビになり現在は専門治療に通院中です』

ケース2:30代・独身女性Bさんの場合
『私は子供の頃、義理の父親から性的虐待を受けていました。それから性的な関係を持つ時のみ、男性から大切にされるという価値観を身につけました。今は、午前中に彼氏とセックスし、午後からは職場の上司とセックスします。また、夜はだいたいナンパされた人か、元彼とセックスします。15歳の時からこんな感じで、セックスしてないと自分の中にある空虚感が埋められません。セックスできるなら相手は誰でもいいです。』

このように、男性と女性では性依存症のタイプは違うものの「強迫的性行動をコントロールできない」という点では一致しています。

あなたは大丈夫!?急増する性依存症チェックリスト

では、今回は性依存症の治療の紹介の前にあなたにもできる「性依存症・自己診断のための10の質問」をやってみましょう。

  1. あなたの性的な思考や行動に対して誰かの助けが必要と感じる
  2. 性的な思考や行動をしている時の方がリラックスできる
  3. セックスや性的刺激によって物事の優先順位がしばしば逆転する
  4. 自分自身の性的思考や行動で制限したいと感じることがある
  5. 何かに耐えられず、不安や孤独感を和らげるためにセックスを用いる
  6. セックスの後、罪悪感や自責の念を感じて落ち込む
  7. 性的活動に時間をとられ家族や身近な友人をおざなりにしている
  8. 最近、性的活動のせいで集中力や仕事の能率が落ちている
  9. 次から次へと性的関係を持つ相手を変えている
  10. 性的行動を隠すため、嘘をつくことがよくある

さて、あなたはいくつチェックがつきましたか?
あてはまるチェックの項目が多いほど性依存症の可能性が高いです。では、チェックが多く付いた人もつかなかった人も性依存症(特に再犯リスクの高い人)の治療とはどういうことを行うのかについてみていきたいと思います。

2. 治療の三本柱

ここではSAG治療の三本柱について説明したいと思います。

1:再発防止

まずひとつめは「再発防止」のための治療です。具体的には、性的嗜癖行動に至るきっかけ(状態を悪化させる引き金)を本人に検討させ、その結果を踏まえてその行動を回避するための対処方法を学習するというものです。例えば、痴漢を繰り返す対象者の場合、混雑した電車内や場所に居合わせることが再犯につながる引き金になっていることに気付かせ、いつもより1時間前に家を出て混雑していない時間帯に通勤するという自分に合った具体的な回避方法を自らの再発防止計画の中で計画し実行していきます。

2:薬物療法

ふたつめは「薬物療法」です。他のふたつの視点に加えて必要に応じて薬物療法も併用することで、そもそも性的欲求自体を薬理的に抑え再犯防止につなげることができます。以下に、その使用目的について簡単にまとめてみました。

1. 性欲を抑制する目的で使用
2. 強迫観念・強迫行為を緩和する目的で使用
3. 衝動性を抑制する目的で使用

刑務所等の矯正施設内処遇では強迫的性行動に対処するための薬物療法は一切行っていないため、この点が社会内処遇として治療を行えるメリットであるといえます。

3:性加害行為に責任をとる

3つめは自分が犯した「性加害行為の責任をとる」という視点です。性犯罪者および性依存症者の多くには認知の歪みや、女性観の歪みが認められます。実際に性犯罪事件では被害者は怖くて凍りついていたにもかかわらず、被害者は性的な行為を望んでいたのだと認識している人や「女なら男性の性欲を受け入れて当然である」というように嗜癖行動の継続ために本人にとって都合のよい認知の歪みを持っています。こうした認知の歪みに対する治療は、常に自らの振る舞いが被害者にどのように映るかを意識させることにより、自己の行動を客観視させるという方法で実施しています。このような訓練を習慣化させることが、3本目の治療の柱の軸となっております。

再発防止のためのプログラム

当院の治療プログラムは、まとめると以下の通りになります。

1. 自分が強迫的性行動に出るに至るまでのプロセス(引き金→思考→渇望→行動化)を知ること
2. 自分の認知の歪みに気づくこと(この意味については後述します)
3. 行動変容
4. 加害者の気持ちと被害者の気持ちについて知ること
5. 自分なりの問題解決スキルを獲得すること
6. リスクマネジメントプランを作成すること

の6つから構成されております。
リスクマネジメントプランとは、強迫的性行動を再発させないための再犯防止計画のことです。1から5の認知行動療法中心の心理教育で学んだことを踏まえて、本人の手で、6リスクマネジメントプランを作成させます。当院では、治療参加者本人にこのリスクマネジメントプランを1ヶ月に1度更新させ、毎月第一火曜日にSAG治療参加者全員の前で発表させ、他の治療参加者や当院スタッフからフィードバックをもらうことで次第に精密な内容にしていきます。

治療スケジュール例

1週間のプログラムの例

午前 ミーティング 教育
プログラム
事例検討 テーマ
ミーティング
ディスカッション 運営
ミーティング
午後 芸術行動療法 ピアカウンセリング 芸術行動療法 ウォーキング 認知行動療法 芸術行動療法
ナイト 自分史 朗読会
(被害者)
クッキング 映画鑑賞 アサーション
トレーニング
メンバー
ミーティング

※プログラムは月ごとに変わります。
※デイナイトケアは9:00~19:00までです。昼と夜はお食事を提供しております。
※集団認知行動療法は専門の医師が行っております。

芸術行動療法
他のフロアと合同で、部活動のような活動をしています。和太鼓、よさこい、エイサー、ボクシング、空手、フラダンス、フットサル等、他では体験出来ないプログラムがあるのも特徴です。他にも音楽療法、卓球、ゲートボール、ヨガ、レクリエーション(テーブルゲームやグループゲーム)等、その時の気分に合わせて多彩なプログラムに参加することが出来ます。和太鼓・よさこい・エイサー・フラダンス等は、内部・外部での発表の場も設けており、明確な目標を持って取り組むことが出来ます。
※クリニックによって実施プログラムは異なります

3. ご家族の皆様へ

身内の誰かが性犯罪で逮捕された方へ

性犯罪加害者家族は「隠れた被害者(Hidden Victim)」と呼ばれています。母親や妻は、息子や夫が性犯罪で逮捕されると、この上ない苦しみに襲われます。例えば、最も多い性犯罪である痴漢を夫が繰り返して逮捕されたケースを考えてみましょう。
妻たちは、夫が痴漢で逮捕されたということで、さまざまな葛藤に悩まされます。「自分が妻として失格なのではないか」という自責感、「性的に満足させられなかったあなたが悪い」と周囲から責められるのではないかという罪悪感、また同性として「被害者に申し訳ない」という加害者意識など、さまざまな感情がそこには混在しています。
さらに刑事手続きのプロセスにおいては、各段階でさまざまな悩みを抱えながら対応に追われる家族がいます。例えば、息子が性犯罪事件を起こした際、多くの母親は「自宅に警察から連絡が入り、私はパニック状態になりました。夫に何と報告しようか、親類縁者に知られたらどうしようなど、頭が正常に働きませんでした。状況の把握や今後の見通しが立てられず、件数が多かったため、被害者への対応をどのようにしたらいいか分かりませんでした。まさか、うちの息子が・・・というのが正直な感想でした」と述べています。
逮捕後は「自宅や夫の職場にマスコミが取材に来て、どのように対処したらよいか分かりませんでした。事件をマスコミが取り上げたため、インターネットの掲示板で私たちの自宅の住所や夫の職場などの個人情報が流出・拡散し、いたずら電話が頻回にかかってくるようになりました」といいます。
このように、性犯罪加害者家族の悩みは尽きません。しかし一方で、出所後の本人は時間とともに事件の記憶が薄れていきます。家族は事件の日から時間が止まっており、朝起きてから夜寝るまで不安な毎日を送っています。加害者家族は、身内の起こした性犯罪事件の悩みを相談する場所もなく、自分たちで抱えながら社会から排除されていきます。
当院では、そのような家族に対して支援を行っています。まずは、ぜひ一人で悩まずにお電話にてご相談ください。ここには、あなたが安心して話ができる場所があります。

性依存症からの回復のヒント

依存症とは生き方の病でもあります。そのような観点から見た場合に、そうなってしまった原因(原因論)を探ることよりも「なぜそれを続ける生き方が必要であったのか?(目的論)」という問いに対し治療の中で向き合っていく必要があります。性依存症の当事者は、手のつけられないモンスターではなく、普段は真面目で弱者の味方であるとのイメージを周囲に与えていたような男性であることが多く、会社や親からはそのような評判をよく聞くことがあります。このようなタイプの性依存症者は、周囲からの視線や期待に敏感すぎて自分自身をめいっぱい膨らまして生きている場合が多いのです。しかし、一方でそれが苦しくて仕方がないが誰にも相談できないという葛藤状態にあります。

今後、同じ過ちを繰り返させないためには出所(判決)後本人を受け入れる居場所(治療施設)があること、裏切ってはいけない大切な人が近くにいること、そして治療の中で、将来の希望(社会復帰など)をもつことが重要です。そしてもちろん、今回の事件について行為責任として相応の刑罰を受け、適切な専門教育・治療に一生かかって取り組む必要があります。

ご相談いただく皆様にご理解いただきたいことは、性依存症の治療は性的嗜癖行動を肯定することではありません。彼らの更生・回復を実現することにより新たな被害者を生み出さないことにあります。再発防止の観点からは、矯正施設でも社会内でも治療プログラムを継続して取り組むことが重要です。できることなら、少しでも早い段階で当院のプログラムにつながり判決確定後も、もちろん社会復帰後も継続して当院のプログラムを受講し続けることで新しい生き方を見つけてほしいと願っております。まずは、ご相談ください。